過去の雑記。
大学時代の話を書いています。
多少の加筆修正はしています。
時代が変わって昔よりは理解が進んでいると信じたい。
個人的な体感になるが、年齢が高いほど理解がないことがある。
現職において精神科医療の現場で今なお経験をする。
酷いときは医師が諭している。
これが救いなのかもしれない。
雑記の内容は、医療現場の話ではない。
教職をめざした人の話。
信じたくないかもしれない。
数は多くはないかもしれないが、
中にはこういった人が教職や医療の世界にもいる。
そんな認識が自身や家族を守ることになる。
そう思って掲載している。
お断り
記事に差別的意図やさらす意図などはありません。
中には、理解ができない人もいることも知る必要はあります。
それを認識していることが自身や家族を守ることになります。
そう信じて書いてあります。
この記事は、個人の体験や経験に基づいて書いております。
こういった体験や経験している人がいるという程度でお読み下さい。
本 文
なんで生まれてくるのだろうね。
いまでも忘れられない一言。
そして・・・
教職課程を終えても、どうにもならないのか。
担当教員は、情熱を持って指導していたのに。
担当教員はよく知っている人で、講義も受講していた。
現実にも混ざっているのだろう、こんな人は。
結果的には、教職につかなかったけど、
いまもその隣接する職場にいる。
現実には、似た考えの人が教職についているのだろうとも思えた。
もちろん個人の推測だ。
ひとまず、教職につかなかったよかったと言って良かったのか。
話の流れは・・・
発達障害を持つ人の支援をテーマにレポートを作成していた時に、
参考にしたいので、教職課程ではどんな指導を受けるのか、聞いた。
返答は・・・
関心がなくて、よく覚えておらず、
なんか面倒くさそうだなぁと思ったという。
続けて「(発達障害の人)なんで生まれてくるのだろうね」
「こっち(教員)が大変になるだけなのに」
唖然として、言葉が出てこなかった。
正直に思った。
教育は、どうにもならないことがある。
教職課程の成績は、何を評価しているのだろうか。
教職課程の成績はよかっただけに、そう思ってしまった。
発達障害のある研修会に参加していた時に、ふっとこの話を思い出した。
大学時代に恩師の一人に相談をしたら、1冊の本をススメられた。
恩師が言うには、
厚労省の児童に関する部会で著者と一緒になったらしく、
お人柄を含めてとても信用できる。
恩師も買って読んでよかった。
それでも自身も購入した後に保育士を目指す方に譲った。
理解のある保育士になってほしいと思ったので。
発達障害児について書いてあります。
*勝手に商品画像も使えないので下記アフィリエイトを使用
本の中では下記の疑問に答えています。
発達障害児は、就職に不利になるのか。
専門家の意見は信用できないか。
子育ては無理なのか。
書籍の中でいろいろな疑問に答えてくれます。
あとがき
個人的な見解です。
主に障害福祉分野と精神医療の分野で、
社会福祉士・精神保健福祉士として支援に関わることがあります。
そして
当事者に伝えることがあります。
発達障害があることが問題なのではない。
社会生活に支障が出ている状況が問題。
社会生活に支障がないなら発達障害は個性と思えばいい。
医師や芸能人などで個性を発揮している人も多くいる。
すぐ社会が変われば苦労する必要もないかもしれない。
だが社会はすぐには変わらない。変われない。
だからといって自身を無理に変える必要もない。
まずは行動を変えよう。
行動を変えるといろんな変化が生まれる。
そして常に100点満点である必要もない。
やれるところからやる。
そして一人で抱える必要もない。
社会生活は1人でするものではない。
分からなければ手を借りたらいい。
あとはその人に合わせて具体的な行動の話をします。
お断り
記事に差別的意図やさらす意図などはありません。
中には、理解ができない人もいることも知る必要はあります。
それを認識していることが自身や家族を守ることになります。
そう信じて書いてあります。
この記事は、個人の体験や経験に基づいて書いております。
こういった体験や経験している人がいるという程度でお読み下さい。

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